今週号の週プロを見てて、気になった記事が2つあった。
まずは「三田英津子引退試合」。
三田英津子は地味なレスラーだと、私は思っている。
ラスカチョのファイトスタイルとリングコスチュームなどから派手なイメージをもっている人も多いと思うが、そのイメージの多くは下田によるものであり、三田自身はそれほど派手ではない。その証拠に、三田自身から何か大きなアクションを起こした事は、これまでほとんど無い。引退を発表するまで、ラスカチョ以外では大きなニュースになることはなかった。
だが、そんな三田だからこそ私は惹かれたのだ。
プラムの時もそう。私は派手でなくとも、地道に努力するレスラーが好きなのである。
彼女はよく「雑草」と呼ばれる。決して、最初から期待されていた大型新人でもないし、若くしてトップ戦線に躍り出たわけでもない。北斗に厳しい制裁を受け、何度も涙を流し、北斗と2人で組んでいた所へ後から押しかけてきた下田にオイシイ所を取られても、黙々と自分の役割を精一杯果たしてきた。
相方の下田が特集を組まれる事はあっても(特に週プロは下田を積極的に取り上げ、表紙にした事もあったっけ)、三田が特集記事を組まれる事はほとんどなかった。
華やかなイメージの陰で、常に精一杯戦ってきたため、膝はボロボロである。
そんな三田が引退したのだ。
三田のファイトをもう見る事はできないのだ。
だが、将来いつか三田の命が尽きたとしても、三田のファイトを記憶していた者が世界から絶えたとしても、三田の名前は永遠にプロレス史に残る。「三田英津子」の名前は決して世界中の人々から忘れられる事はない。
そう、「デスバレー・ボム」の創始者として、世界のプロレス史に残り続けるのである。
「地味」で「雑草」な存在だった三田の名は、プロレス史の中で未来永劫に燦然と輝き続けるのである。
こんなに痛快な事はない。
そして、もう1つの記事は・・・
ブル様~!ブ、ブル様だ~!
いや~、久し振りに見たよ、ブル様の写真。
よく、女子プロを変えたのは「クラッシュ」だと言われるけれど、私はそう思わない。きっかけではあったと思うが、クラッシュ時代はまだ古い女子プロレスが混在していた。いわゆる旧態依然とした「宝塚」的プロレスである。
そんなプロレスを破壊し、見る者の意識をガラッと変えさせたのが「ブル様」と「アジャ様」だった。ブル様とアジャ様の抗争が女子プロを変えたのだ。私は、そう思っている。
ブル様が女子プロに残したものは「魂」である。それは、「情念」とも「執念」とも言えるだろう。
クラッシュ時代の若かりし頃のブル様は、凄まじいほどのクラッシュへの対抗心、嫉妬心を見せていた。それは、鬼気迫るほどの姿だった。何とか上にのし上がっていこうとギラギラしていた。
クラッシュ引退後、ウェイトを増やし、溢れんばかりの闘志と優れた技術に、パワーと言う明確な説得力を加えた彼女は、いつしか「女帝」と呼ばれるようになった。
そんな女帝と、かつての自分の様にのし上がっていこうとする若手との抗争は、紙面からでも本気度がビンビンと伝わってきた。それまで女子プロにアレルギーをもっていた私は、毎週プロレス誌に載る2人の試合に、いつしか魅せられていた。
そして、一連の金網での試合で私は兜を脱いだのだ。下手な男子レスラーよりも、遥かに彼女たちの方が真摯に戦っていると。そして、その相手はリング上の相手だけでなく対男子プロ、対世間なのであり、彼女たちはその戦いに勝ったのであると。
当時、多くのプロレスファンが同じ思いを共有したはずである。だからこそ、「ブル中野」と「アジャ・コング」の2人だけは、尊敬の念を込めて「様」をつけて呼ばれるのだ。プロレス界から身を引いても、何年経とうとも、幾ら痩せようとも、この尊敬の思いだけは変わることはないだろう。
それにしても、「三田」にしろ「ブル様」にしろ、長い間プロレス界を引っ張ってくれた人が身を引くのは寂しい事である。
そして、もうすぐ「日向」がそこに名を連ねることになるのだ。
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