カテゴリー「音楽」の記事

2008年2月18日 (月)

2.14のポリスのライヴ雑感

P1010149  遅ればせながら、2.14ドームで行われたポリスの再結成ライヴについての感想を少し。画像は、とりあえず本当に行ったという証拠ね。

  いや~、それにしても「ロクサーヌ」も「高校教師」も「ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ」も生で聴けて感動したよ~。でも、やっぱ「見つめていたい」だよね~。あのイントロが流れた瞬間、身体中がゾクゾクッとしたもんね。思わず一緒に歌っちゃったよ。あ~、感動!でも再結成バンドが受けるのもわかるよ。次から次へと知ってる曲が流れるんだもん。頭の中はすっかり80年代。満足、満足。

  さて、ギターとベースとドラムというバンドとしては最少人数の3人だけで2時間を演奏。でも3人だけど迫力のある演奏で飽きさせず、かえってバンドとしての底力を見せつけていた様な気がした。余計なサポートメンバーを入れずに3人だけで演奏を楽しむ姿に、絆の強さと彼らの本気度が伝わってきた。

  スチュアート・コープランドは力強く、アンディ・サマーズはテクニックを見せつけただけでなく、いい味出してた。スティングの声もよく出ていた(時々、声が伸びきらない時もあったけれど、それはご愛嬌と言う事で・・・)と思うよ。みんな50歳を過ぎてるけれど、そこらの若い連中に負けない熱さがあった。

  さて、私は1塁近くのスタンドで見てたんだけれど、アリーナ席は最初から総立ちだった。けど、何か義務感で立ってる様な気もしたな。かつて(60~70年代)の日本のオーディエンスが曲の間静かに座っていたというのが一つの笑い話になっていて、それを負い目に感じて80年代後半辺りから総立ちが義務になっちゃってる。でもアリーナのステージ近くは凄い動きまくっててノリノリだったけれど、後ろの方はただ立ってたな。また、スタンド席はと言うと、一部の人を除いては座ってる人が多かったね。もちろん私も座ってた。これは、決してつまらないんじゃないんだよ。やっぱドームだと広すぎんだよね。ステージとの距離感が一体感を阻害するんだよ。もう少し狭いと全員が総立ちできるんだけれどな。

  それにスティングが何回も一緒に歌うように呼びかけていたけれど、思ったほどの声が聞こえず、ちょっとガッカリしてる様にも見えた。これも、広すぎて声が分散しちゃったせいかな。まあ、実際ステージ近くの人しか歌ってなかったんだろうけれど。やっぱりステージに近いとアーティストに声を届けようと大きな声が出るけれど、スタンド席なんて幾ら声を出したって届かないもんね。みんな最初から諦めて声も出さないよ。ごめんねスティング。貴方が悪いんじゃないんだよ。これもそれも、みんなドームの広さが悪いのさ。それに年齢層も高かったし(見たところ30代後半~50代が中心)。

  ちなみに、実はこれが人生初のライヴ体験なのです、ハイ。

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2007年12月 8日 (土)

永遠のジョン・レノン〔改訂版〕

  今日は12月8日

  ロックが好きな人間にとっては、永遠に忘れられない日。

  27年前の今日、ジョン・レノンが射殺された

  生きていれば67歳。別にジョンが生きていたからと言って、世界は何ら現状と変わっていないだろうし、ポールと同じ様に第一線からは退き、悠々自適に好きな音楽を楽しんでいたかもしれない。(既にポールやクラプトンがその領域に入った様に・・・ミックとキースはまだまだ転がり続けているが・・・)

  でも、きっと世界の現状を憂えていたと思うし、何らかのアクションやアピールはしただろう。そして、それが世界中の幾らかの人間にとっては、世界の事を考える一つのきっかけになったかもしれない。

  ねえ、ジョン。世界は貴方が思い描いていた様な世界ですか?貴方を失ってから、世界は自分たちで考え、自分たちの足で歩いてきたと言えるでしょうか?

  結局、音楽で世界が変わることは無かったけれど、ジョンの音楽は永遠に残る。そしてジョンの音楽を聴いている時は、誰もがジョンの優しさに触れ、誰もが世界のことを想い、誰もが平和を願うことができる。

  今日は、世界中でジョンの音楽が聴かれる日。そう、今日は世界中が一番平和な日になるんだ。

  毎年、この日はジョンのことを想って曲を聴く。「イマジン」や「真夜中を突っ走れ」など名曲は沢山あるが、今年は「スターティング・オーヴァー」を聴きたい気分。

  It's time to spread our wings and fly  Don't let another day go by my love  It'll be just like starting over (今こそ 翼を広げ はばたく時だ これ以上 時を無駄にはできない そう 僕らはまた生まれ変わるんだ)

  ジョンがハウスハズバンド生活からの再出発を誓った様に、私も世界も再出発できるはずだから―。

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2007年11月10日 (土)

あらん的最も悲劇的なバンド

  今日も雨。予報だと明日も雨。肌寒い11月にシトシトと降る雨を見てると、「ノーヴェンバー・レインが頭の中でへヴィ・ローテーション。そのため、どうしてもガンズ&ローゼズについて考えずにはいられなくなる。

  私にとってガンズ&ローゼズは、最も悲劇的なバンドである。では恐らく世界でも有数の知名度があり、現存しているこのバンドのどこが悲劇的なのか。

  例えば、メンバーの死によって解散せざるを得なくなったバンドは、ラズルの死により解散したハノイ・ロックス(現在、復活中)やジョン・ボーナムの死により解散したレッド・ツェッペリン(もうすぐ復活)など数多く見られる。もちろん、それ自体は悲劇的なことであるが、不可抗力であり、解散と言う選択肢を選んだことで逆に結束力の深さを垣間見ることができ、ファンとしてはどこか納得ができるところがあると思う。

  しかし、ガンズ&ローゼズの場合は違う。現在、オリジナルメンバーはリーダーでヴォーカリストのアクセル・ローズただ1人のみ。あとのメンバーはヴェルヴェット・リボルバーで活躍中。そう、壮絶なる喧嘩別れをしたのである。彼らは、いがみ合い、憎しみ合い、ののしり合って空中分解した。置き去りにされたファンの心に残ったのは虚しさと哀しさだけである。

  1987年の彼らは、文句無く、間違い無しに世界中で1番輝いていた。しかし、現在までのオリジナル・フルアルバムはわずか3枚のみである。類稀なる才能と熱を持っていたバンドだったのに・・・。もっと多くの作品を世に出すことができたはずなのに・・・。勿体無い。勿体無さ過ぎる!

  アクセル天性の問題もあるが、バンドが巨大になるにつれて弁護士や会計士など、音楽とは関係の無い取り巻きが多くなったことも修復不可能になった原因。まさに絵に描いたような成功による転落模様だね。

  デイヴがヴァン・ヘイレンに復帰した今、決して100%不可能とは言えなくなったけれど、アクセルが謝罪してオリジナルメンバーによる再結成は99.9%無いだろうな。いくら自分の言いなりになるメンバーを揃えても、2度と同じマジックは生まれないんだよ、アクセル。あの熱は、あのメンバーだから生まれた奇跡なんだよ。でも、それにアクセルは気づかないんだよね。ああ悲劇だ。

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2007年10月13日 (土)

キンクス復興運動・カム・ダンシング編

  同時代にデビューしたビートルズやローリング・ストーンズ、フーに比べると、何故か日本で過小評価されているキンクスを応援するシリーズ第4弾。

  私が1stと「不良少年のメロディ」の次に購入したキンクスのアルバムが、「カム・ダンシング~ベスト・オブ・ザ・キンクス 1977-1986」(ジャケットのレイ・デイヴィスの風貌がまたいいんだ!)。キンクスと言えば「ユー・リアリー・ガット・ミー」と言う印象しか無かった私が本格的にキンクスに興味をもったのは、そこに収録されていた「ローラ」と「カム・ダンシング」がきっかけだった。ちなみに「カム・ダンシング」は全米6位を記録。収録されたアルバム「ステイト・オブ・コンフュージョン」は1983年発表で全米12位を記録している。

  イントロでキーボード(これがまるでホーン・セクションの様!)の音が流れ出した途端、目の前には50~60年代のロンドンのダンス・ホールの光景が広がる。

  月の光。思い出のダンス・ホール。記憶の中の姉とボーイフレンド。まるで3分55秒の短編映画を観ている様。レイ・デイヴィスは特異な才能をもったミュージシャンであるとともに稀に見る優れたストーリー・テラーだ!

  軽快なリズムとキンクスの作品の多くにテーマとして見られる郷愁切なさは、この作品でもたっぷりと感じられ、聴く者の心を惹き付けて離さない。秋の夜長にはぴったりの曲ではないだろうか。

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2007年8月31日 (金)

キンクス復興運動・グッド・デイ編

  ダイアナ妃の命日にはザ・キンクス「グッド・デイ」を聴きたくなる。

  「グッド・デイ」は、ザ・キンクス23枚目のアルバム「ワード・オブ・マウス」(1984年発表 全米57位)に収録。ゆったりとした曲調に合わせ、ひたすら優しく歌うレイ・デイヴィス。時の流れ、時代の変化、その全てを受け止めつつも、今日と言う日に希望を見出していて、聴いていると切なさと共に気力が湧いてくる不思議な味の曲。この曲の中に次の様な一節がある。

  ベッドで紅茶とビスケット ニュースを見ていたら

  ダイアナ妃死亡のテロップ

  才能はともあれ色々やってみせてくれていたと思う

  落ち込んでいる時でもいつも微笑んでいた

  結構好きだったなあ

  ダイアナ ここは一つ君に見習わせてもらうよ

  僕も演じてみるよ

  そして世界中がこっちを見るように頑張ってみるよ

  そう 今日は いい一日になる (対訳:高橋一路)

  ライナーノーツを見ると、女優のダイアナ・ドールズ(調べたけれど、どんな人かわかんなかった)に捧げた曲と書いているけれど、対訳では「ダイアナ妃」となっている。確かに女優を指している内容にも見えるが、ここはダイアナ妃と言う事にしておこう。だって、ダイアナ妃の生き様にあまりにもピッタリなんだもん。

  もちろん、この曲が発表された頃は結婚してまだ数年で、世界中がダイアナ・フィーバーだった頃。将来、ダイアナ妃が辛い思いをしたり事故死したりするなんて誰も予想していなかった。でも、レイ・デイヴィスは絶対頭の片隅にダイアナ妃の事を置きながら歌詞を書いたと思うな。

  ダイアナ妃が死んで10年。8月31日になると思う。

  ダイアナ妃を見習って、私ももう少し頑張ってみようってね。

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2007年8月 8日 (水)

拝啓、酒井康様

  「BURRN!」初代編集長の酒井康氏は1989年10月号のレコード・レヴューで、フォリナーのミック・ジョーンズのソロ・アルバムに対し、「いい作品だが、聴くにはちょいと若すぎるとコメント。ちなみに点数は74点

  んで私の話になるのだが、昨日アイアン・メイデンの「偉大なるエディ~グレイテスト・ヒッツ」を聴いた。「イカルスの飛翔」はスローすぎて物足りず、やっぱファスト・ナンバーの方が聴いていて気持ちが良かった。

  30代後半(ちなみに来週誕生日)だけどアイアン・メイデンを聴き、ファスト・ナンバーを欲する私って、若いって事っすよね~、酒井さん。

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2007年5月28日 (月)

フラッシュ!アーアー!(音楽)

  前回の続き。

  F1中継→「フラッシュのテーマ」→「フラッシュ・ゴードン」と続いた話は、クイーン」へと繋がっていくのである。

  前回述べた通り、私は81年に映画館で「フラッシュ・ゴードン」を観ている。つまり、私が初めて聞いたクイーンの曲が「フラッシュのテーマ」だったのである。「フラッシュのテーマ」がクイーンの原体験と言うのも、何だかちょっと恥ずかしいが・・・。

  さて、クイーンはこの当時、「ミュージック・ライフ」誌の読者人気投票(リーダーズ・ポール)で4年連続1位なだけでなく、前年発表のアルバム「ザ・ゲーム」も全米1位の大ヒットを記録。まさにこの時、絶頂期だった。

  3歳年上の兄もファンで、家には「グレイテスト・ヒッツ」のカセットテープ(!)があった。しかし、当時小学生でまだまだ洋楽に興味なんて全く無かった私にとって、クイーンは「フラッシュ・ゴードン」の曲を歌っている人たちでしかなかった。「グレイテスト・ヒッツ」には数々の名曲が収録されているが、全く興味なく、「フラッシュのテーマ」だけ聴いていたのを覚えている。う~ん、何か恥ずかしいぞ。

  あのイントロとオープニングの「アーアー」、そして畳み掛けるコーラスの部分が好きだったな~。確か途中で「ハーハッハッハッ」と言う悪の皇帝らしい声もあった筈。でも今考えると、「フラッシュのテーマ」ってクイーンの中では異色作なんだよね。

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2007年5月27日 (日)

ビートルズの代表曲って?

 ふと思った。ビートルズの代表曲って何なんだろう。
 ローリング・ストーンズなら「サティスファクション」、フーなら「マイ・ジェネレーション」、キンクスなら「ユー・リアリー・ガット・ミー」が一応代表曲と言う事になるのだろうが、ビートルズは何だろう?
 「イエスタディ」?でも、数ある名曲の中でそれでいいのかな?だって、あの曲って、ポールが一人で作った事もあって、ビートルズの曲の中では異色作だよね。あの曲でビートルズを判断されてもね~。
 日本では「レット・イット・ビー」かもしれないけど、あれもビートルズらしいかと言われると、ちょっとね。他にも候補曲はたくさんあるんだけど、なかなかこれって断定出来ないよ。
 個人的には、幼少の頃から「シー・ラヴズ・ユー」は知っていたので、ビートルズ=「シー・ラヴズ・ユー」なんだけど、世間ではどうなんだろう?気になるな~。

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2007年5月 6日 (日)

女王の夜の天使

  クイーンのアルバム「ザ・ゲーム」(1980年 5週間全米1位)には、「地獄へ道づれ」(全米1位)、「愛という名の欲望」(全米1位)という2曲の大ヒットがあるが、私が1番好きなのは「夜の天使」。しかも、クイーンの全作品の中でも結構上位。

  「ボヘミアン・ラプソディ」や「伝説のチャンピオン」に比べると小品なんだけど、イントロからノリがいいんだよね。

  これはベースのジョン・ディーコン(今見ると、髪を短く切った写真はサラリーマンみたいだね)の作品なんだけれど、このアルバムの収録曲を見ると、フレディの作品が3曲、ブライアンの作品が3曲、ジョンの作品が2曲、ロジャーの作品が2曲と、とてもバランスが良い。4人全員が優れたソングライターなんて稀だよね。

  ただ、この曲は大好きなんだけれど、個人的にちょっと物足りないんだよね。2分49秒という短さもさることながら、「Ooh I need your loving tonight」の繰り返しの所が、突き抜けそうで突き抜けないまま終わる感じがする。上手く言えないけれど、カーペンターズなら、たぶん突き抜けた作品にすると思う。まあ、あえて突き抜けないまま終わる所がクイーン流なのかな。(何の事かわからない人は、ぜひ聴いてみてね)

  でも、だからこそ気になって何回も聴いちゃうんだろうな。

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2007年5月 5日 (土)

堕ちた天使でna~nanananana

  個人的に80年代を代表する曲の1つだと思っているのが、J・ガイルズ・バンド「堕ちた天使」

  今でもCMやバラエティのBGMとして頻繁に使われているため、名前を知らなくても、聴くと「あ~、あれね」と言う人が多いだろう。「na~nanananana」の繰り返しと、最後の口笛が印象的な楽しい雰囲気の曲。ビデオ・クリップも「ベストヒット・USA」で1回しか見たことが無いが、女の人がたくさん出て来て、見ていて楽しかった。

  さて、このJ・ガイルズ・バンドはそもそも「アメリカのストーンズ」と言われたほど、R&B色が強かったバンド。71年のデビュー以来、ライブ等で話題にはなるものの、セールス的にはパッとしない時期が続いた。しかし、80年代に入ってキーボードのセス・ジャストマンが主導権を握ると、R&Bのフィーリングを残しつつも現代的な音に変化するのである。そしてアルバム「フリーズ・フレイム」(81年発表、4週間全米1位)とシングル「堕ちた天使(CENTERFOLD)」(6週間全米1位)で大ブレイク。でも、この大成功により、方向性の違いでバンドは空中分解。ヴォーカルのピーター・ウルフが脱退するのである。

  ちなみに原題の「CENTERFOLD」は、男性雑誌の中頃にあるヌードページの事。歌詞は、雑誌を見て昔好きだった女の子がヌードになっているのを見つけ、慌てふためく男の心情をユーモラスに表現している。

  俺の心の一部を引き裂かれちまった 

  思い出のページは破られちまった 

  でも どうしても我慢できない 

  ああそうさ やっぱりあの雑誌を買おう! ※訳 Kuni Takeuchi

  ・・・だってさ。愚かだね~、でもわかるな~。

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